求む、抽象的な人。

6月30日(土)のおそらく夜に、
抽象的な友人を集めて「抽象飲み会」を実施します。
参加したいという抽象的な欲望を持っている人は
コメント欄とかに書いてみてください。
参加資格はIQ150以上であることです(嘘)。


今のところ決まっている参加者は以下のとおりです。
(友人を紹介するにブログをもってする式の当世風のやり口。)
http://youkoseki.com/diary/
http://www.dl.kuis.kyoto-u.ac.jp/~tezuka/blog/
http://hitogomi.seesaa.net/


ということで抽象的によろしく。

抽象飲み会とか何か。

しまった、抽象的であろうとしすぎて
飲み会の詳細を書き忘れた。そもそも抽象飲み会とは何か。
それは以下のブログを読むと明らかになるのです。


http://youkoseki.com/diary/2007/06/14#p3


ということで抽象飲み会では実際的な話は一切禁止です。
自己紹介とかも結構実際的なのでだいぶあやういです。
名刺交換までくると完全にアウトです。
個人的にはレザボアドッグ風にミスターブラウンとか色の名前で呼び合いたい。
抽象名詞を名前にしてもいいかもしれない。
「敷衍さん」とか。「ドクターアブダクション」とか。


ということで抽象的によろしく。

翻訳会もよろしく。

あ、そうだ。バリーユアグロー翻訳会もよろしく。
最近勧誘をさぼっていたら今日は参加者が二名しかいませんでした。
だから翻訳しないでジュンク堂で少女漫画を買ってガストで読んでました。


最近の少女漫画の低迷振りはどうすればいいのでしょうか。
客観的な基準で低迷してるのかどうかはわかりませんが、
昔ほど私をひきつける魅力ある少女漫画が発行されていない気がします。
今日はあえて少女漫画をジャケ買いして
おのが漫画選択眼を試すということをしてみましたが、
どうも駄漫画しかひっかかりませんでした。


この方法で最近ヒットしたのは、
女の子の食卓」(志村志保子)でした。
私は個人的には色恋沙汰は少女漫画の本質ではなく
それ以外のなにかが重要なのだと考えており、
その意味で非常に評価できる作品でした。

その何かは多分「成長」や「自立」に近い何かです。
少女漫画もまた、近代的な教養小説の延長線上にあると
理解すべきだと考えております。


http://www.amazon.co.jp/%E5%A5%B3%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%AE%E9%A3%9F%E5%8D%93-1-%E5%BF%97%E6%9D%91-%E5%BF%97%E4%BF%9D%E5%AD%90/dp/4088566483


「結局24年組を超える少女漫画家は現れていないのではないか」
「それは手塚治虫以上の漫画家はいないと言いと同じなのでは」というような話、
A5版の漫画の登場はなにかを画期しているのではないか、というような話、
そんな話をしていました。


ぜんぜん翻訳関係ないな。

この週末

金曜の夜から日曜の午後まで
あまり寝ないで遊んでいたのでとても困憊した。
困憊するとコンパイルするは似ている。


日々エキサイティングな生活を送っているのだが、
ブログの速度が生活の速度についてこれない。
なので、ブログにはできるだけどうでもいいことを書くことにしています。


このあいだ思いついたのは、
「最近はノートにブログを書くようにしています。」
っていうジョーク。ぷぷぷ。