90年代の商品化について

このテーマはかなり大きいので、まだうまくまとまっていないが、
今書いてしまわないと時間切れになってしまう気がするので、書いてしまう。
「〜年代」という時代区分が文化史・生活史の中で語られることがあるが、
「90年代」がそろそろ商品化されてきているという話です。


「〜年代」という言い方が成立するようになったのは
20世紀にはいってからで、それ以前はありませんでした。
21世紀に入ったとき、英語で「00年代」を表現する語彙がなく、
論争になったのは記憶に新しいところ。


で、「60年代」とか、「70年代」とかいう言い方が
時代区分として本質的な意味を持つかというと、当然ないわけで、
人間の生活がたかだか10年くらいのスパンで変化することはあまりないし、
きっちり10年で区切れるはずもないわけです。
ではなぜ「〜年代」という区分が流行ったかというと、
おそらく二つ原因があります。


いち。思い出を想起するときにかっこいいから
に。その時代の文化特性を商品化できるから。


まず最初ですが、誰しもかつては若者であったわけで、
青春時代をあほのように送っていたわけです。
こういう時代をあとから思い出す際、
「あの頃は…」「60年代は…」「70年代と言えば…」というように
カッコつきの10年間くくりにすると便利なわけです。


で、続いてそのイメージを商品化することで、金が儲けられます。
60年代風のヒッピー文化とか、70年代ファッションとか、
そういうパッケージとして思想・文化的な商品をでっち上げることができます。
これはその当時を知らない若者には新鮮だし、
その時代を知っているおっさんおばさんには懐かしくてお互いに悪くないわけです。


で、本題ですが、「90年代」。
「90年代」というのはそういう「〜年代」のなかでもちょっと状況が特殊でした。
その前の「80年代」という時代は後半バブル期で、大変濃厚な若者文化を育てていました。
で、「90年代」初頭にバブルは崩壊。
「80年代」はなんだったのか、という問い直しがおきました。
また、割と文化市場も成熟していたこともあって新しいスタイルを提出できなかったこと、
また景気が悪くて新しいスタイルを提出するだけの経済的余裕がなかったことなどから、
「60年代」「70年代」「80年代」のスタイルを繰り返し市場はリメイクし、商品化しました。
「80年代」に始まっていた若者のスタイルの分化(典型的には「新人類」と「おたく」)
はさらに進み、だいぶ文化圏の島宇宙化が進みました。
ちなみに私は1980年生まれであり、10代がすっぽり「90年代」にはまります。
その際、私は「80年代」的な文化消費を楽しむ島宇宙に基本的に所属していきます。
つまり、「90年代」は「〜年代」を内部に複数取り込んだ、
入れ子構造の「〜年代」になっているということがいいたいわけです。


私が10代の頃、最も影響を受けた3人のライターがいます。
山形浩生青山正明、そして鶴見済です。
(いまやちゃんと活動を続けてるのは山形さんだけになってしまった…)
その中でも鶴見済の「完全自殺マニュアル」は人生で最も影響を受けた本でしょう。
これは割りと恥ずかしい話ですが、まあたぶん事実なので書いておきます。
完全自殺マニュアル」は自殺の方法論を説明したセンセーショナルな本で、
一発屋的な扱いを受けていたのは間違いありません。
それはそれでその通りなのですが、
むしろ私が影響を受けたのは輻輳する世界観・社会観です。
鶴見さんは東大でフーコー社会学を学んでいた人で、
おそらくそうした思想的な文章というのをはじめて読んだということが
衝撃が大きかったことのもっとも大きな原因でしょう。
当時中学2年生でしたよ。ええ。


で、「完全自殺マニュアル」とというのは非常に暗い社会観に
基づいて書かれている本であるという見方が一般的なのでしょうが、
実はそうでもないのです。
それは前書きを読むと解るのです。
今手元にないので、細かいことは解りませんが、
このさき大きなカタストロフなど起こらない、という記述のあと、
これからもみんな毎日会社にいったり学校に言ったりして、
そこそこ偉くなったりして、定年後は趣味を生かした生活をして、ガンで死ぬのだ、
そしてそれがいやなら自殺という選択もあるのだ、
ということが書かれています。
(同様に、岡崎京子の90年代の傑作「リバーズ・エッジ」も
「平坦な戦場を生きのびる」ことがテーマになっていました)


ここで描かれている「平坦な人生のきつさ」というものは、
いまや失われてしまっています。
90年代後半から00年代初頭にかけてリストラが進み、
定年まで正社員でいられるという社会体制が完全になくなってしまったからです。
そういう意味で、われわれは「完全自殺マニュアル」後の世界を生きています。
ちょっと前に練炭をつかって集団で死ぬというニュースが頻繁に流れていましたが、
この自殺の意味は「完全自殺マニュアル」の中の自殺とは本質的に違うのです。


話が少しそれましたが、
要するに「90年代」は「繰り返しの中の平坦さに耐える」時代でした。
「80年代」は「高度経済成長の終点」、
「00年代」は大分「下り坂の社会」になっているといえるでしょう。
あがって、へいたんになって、さがるのね。


と、長々書いてきましたが、大枠で言ってどうでもいい話だな。
最初に書こうと思ったのは「90年代」の商品化ということで、
2005年くらいからこれがはじまっている。気がする。ということです。
ちょっと前の「STUDIO VOICE」とかでも特集してたし。

えー。つづく。(またはつづかない)